そのドアを開けたらゾンビがいる

わかっているんだけどねぇ〜☆

素晴らしきAnticon Recordsの世界

今でも全く輝きを失わないAnticon Recordsのリリース群。Young FathersもSon Luxも元Dirty ProjectersのDeradoorianもAnticonにいたんです。

ヒップホップがぐいぐい拡がってポストロックやエレクトロニカにトランスフォームしていく動きも、ストイックにビートを追求する動きもどちらもあって本当に楽しかった。

Apple Musicで聴ける限りのAnticon Recordsのリリースをカタログナンバー(abr)順に並べたプレイリストを作りました。残念ながら聴けない音源(BrackenやSJ Esauが無いのは辛い!!!)もありますが、可能な限り集めました。もしなにか足りないもの(Apple Musicにあるもの限定)に気づいたら、ブックマークかなにかで教えてください。「お、これはいいな」と思ってくれたら、おつかれさま、とねぎらいの言葉でもかけてください。

なによりAnticon Recordsの素晴らしきカタログの波に飲まれてください。

 

 

文鳥と暮らしています。

2021年、人生で初めてペット(文鳥)を飼うことにしました。

妻は実家でオカメインコをかつて飼っていて、私は会ったことはなかったがその溺愛ぶりは見聞きしていた。我々も鳥を飼いたいね、飼うなら環境など考慮して文鳥がいいんじゃないかしらなどと言っていたのだが、その最愛のオカメインコが亡くなってしまったので喪に服した。

私自身はペットを飼ったことが無いので失った悲しみがわからない。だから妻の気持ちに合わせようと思った。

その後、どんなタイミングか忘れてしまったが文鳥の話になり、私の実家の近くにあるペットショップ(たまに店の前を通る時に妻は鳥たちを愛でていた)に見に行ってみようかということになった。飼いたいという気持ちはあったが、なんせペットを飼ったことのない身。ペットを飼うということの重みなどもわかってはいない。それでも「迎えるかも」という気持ちで見るだけ見てみようと思って見に行ったら店先にいた2羽の手乗り文鳥の雛にトリコになった。白文鳥とシナモン文鳥のコンビがいわゆるプラの虫籠(ヒナの時はそれくらいのサイズに複数羽でいることがベストのようだ)にいて、元気よく鳴いていた。我々が差し出す手にも興味を持って活発な白文鳥と少し控えめなシナモン文鳥は我々の心を鷲掴みにした。

勢いで決めてはいけない、私も妻もそう思っていたので今日は帰って1週間忘れられなかったらまた来よう、その時までいてくれたなら連れて帰ろう、と決めた。

 

1週間後、我々は再びペットショップに向かった。いなかったらどうしようとはあまり思ってなくて文鳥たちは同じ場所で過ごしていた。はやる気持ちを抑えながら店員さんの説明を聞いたり餌について聞いたり(まだギリギリさし餌が残っていたのだ)質問をしたりして連れて帰ることになった。電車で1時間程度の移動があったので小さな紙の箱に穴を開けたものが彼らの移動用ケージとなった。プラの虫籠やさし餌も持ち帰った。

移動中、文鳥たちの入った箱を持ち運んだ。たまにカサカサ動いたり確実に今まであまり経験したことのない「いきもの」の重みを感じた。いろんな気持ちがあったと思うが言葉にできない。ひたすら「いきもの」の重みを感じていた。妻と名前の案を出し合ったりして、ホールとオーツに決定した。白文鳥のホール、シナモン文鳥のオーツ。ブルーアイドソウルのホール&オーツ。You Make My Dreams.


www.youtube.com

 

そして我が家に文鳥がやってきた。

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移動用の箱から新しい空間に警戒している間、我々はひたすら待った。これから長く一緒にいるのだから、あせらずゆっくり出てくればいい。妻はその道のエキスパートだが私はペットの愛で方を知らない。テンション高く行っても相手は困るかもしれない。とにかく文鳥たちの様子を見て、嫌がることだけはしないように、すこしでも居心地良く感じてもらうようにそれだけが初めの心構えだったが、箱から出た文鳥の雛たちは恐る恐るいろんなことにチャレンジした。餌をつついたり手にのったり撫でさせてさえくれたりした。慣れるまで相当時間がかかると聞いていたので拍子抜けするくらいすんなりと受け入れてくれた。鳥エキスパートの妻のつくる雰囲気なのか、はたまた緊張している飼い主1日目の私への文鳥たちの気遣いなのか、我々2人と2羽はおそらくとても気が合った。

 
 
 
 
 
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それからしばらくはなにをとっても全てが心配の種で、健康診断に行ったり文鳥たちが快適に過ごせて人間たちの不安が解消されるようにケージを揃え、加湿器を新調し、Switchbotでそれらを自動化して外出先からも温度湿度のコントロールを可能にしたり最低限の観察ができるようにした。毎日体重を計り、1日2回ケージの掃除をし、換羽期には栄養面を見直した献立にしたり、人間として出来ることはなるべくやって過ごして来た。パニックを起こした日もあったし、体調が悪そうに過ごす数日もあった。生きた心地がしなかった。そういったことも乗り越えはやくも半年も過ぎ、我々2人と2羽は元気に過ごしています。

 
 
 
 
 
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「今年買って良かったもの」のエントリーを書こうとしたんだけど、文鳥のことしか書けなかったので、とってつけたようにアフィリエイトリンクを貼ります。気になるものがあれば安心して推薦するのでリンク先に飛んでみてください。得た収益はすべて我が家のかわいいホールとオーツの餌やオモチャに変わることでしょう。

一応簡単にそれぞれを説明します。

加湿器はずっと象印を愛用していたけど新しくよりデザインが良く容量の大きいものに買い替えました。ちゃんとブラッシュアップされてて蓋を開けた時に古いモデルでは水が加湿器の外に滴ってしまっていたのが改修されていたり、お湯を捨てる時に本体を持ちやすくなっていたりしています。うちではフル稼働でも1日2回朝と夜に吸水すれば水切れを免れるので、不在時の文鳥のための快適な湿度がキープできて安心です。

Switchbotはハブと2つの温湿度計(部屋全体とケージ)の数値でエアコンと加湿器、文鳥用のヒーター、サーキュレーター、ついでにテレビをコントロールし、カメラで人間が外出時に文鳥たちの様子をいつでも観察できています。ヒーターやサーキュレーターにはスマートプラグを、加湿器のオンオフは物理でボタンを押すbotをくっつけてある。

 
 
 
 
 
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エアコンのオートモードやサーモスタットによる文鳥用ヒーターのコントロール、加湿器の自動(快適)設定はやはりそこまで細かく設定してはくれず暑くなりすぎたり加湿され過ぎたりすることがあるのはわかっていたので温湿度計による実際の温湿度をトリガーにしてエアコンや加湿器をコントロールしたいという希望は、Switchbotが完璧に満たしてくれて文鳥のケージの温湿度の管理はこれのおかげでかなり安心できるものになりました。たまに設定したシーンが働かないことがあったりするけどその都度サポートに連絡して解決してもらったりして大きなトラブルにはならずにすんでいます。

骨伝導イヤフォンは「耳を塞がないイヤフォン」というか、もうイヤフォンでもなくて、「体にスピーカーを内蔵するデバイス」に近くて、使ってると環境音が1レイヤー増える感じ。これは着けてるうちに忘れる軽さで環境音が1レイヤー増えてたことすら忘れる。その為にも一番軽いモデルが良い。聴くというより身体に内蔵されたデバイスから聞こえる。なので耳を使ってる感じも無い。音もしっかりしていて聞こえてて不満になるような音質にも感じない。内蔵音源だからイヤフォンとの比較もちょっと違うと思う。自転車乗りながらつけてみたけど、イヤフォンともスピーカーとも違う。部屋で使うよりもより環境音的な感じで、他の人に聞こえてないというのが不思議なくらい。あと、チャリで走ってる時に好きな音楽聴けるのテンションぶち上がる。文鳥に関係ないじゃんと思いきや、夜寝かしつけた後でうるさい音楽を聴きたくなったりした時にこれをつけて過ごしたりしてる。寝かしつけた文鳥たちに何かあった時でも鳴き声などちゃんと聴こえるのでこちらも安心できる。

文鳥に直接関係ないところだと販売終了になったHomePodや AirPods Proも素晴らしくて生活に欠かせない道具になっています。

 
 
 
 
 
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文鳥たちがあまりに愛おしすぎて、たまに文鳥が死んでしまったらという想像をしたりしてすごく悲しい気持ちになっている。立ち直れない。その日まではまだまだ時間がたくさんあるので後悔しようがないくらい可愛がってやる。

 

炭酸が最後まで抜けないということの重要さを知る

日常的に炭酸水を愛飲する身としては、炭酸水の美味しさは初めの3割くらいに思っていた。

なぜなら炭酸がぬけていくから。ビールなどと同様「ぬるくなるまえに飲み干せ!」なのかもしれないが、デスクに置いた500mlの炭酸水を一気に飲み干すなんてことはそうそうない。

残り半分以上が諦めの飲みもの、なんて寂しいことは今年から無くなった。

なにげに輪っかは持ち運ぶときに指に引っ掛けていけるので、ノートPCやら書類やらで手が埋まっていても余裕。

こちらからは以上です。

 

(I only wanted to see you Bathing in the) purple shot.

なかなかのハードネゴシエーションを覚悟した1日がなんとか無難に終わり、ふと気を抜いたら喉が枯れ枯れだった。

 

臆病な俺はいつも鞄の中に忍ばせている喉のプリンス、パープルショットをキメた。翌朝、喉は落ち着いていて、なんとか乗り切ったとため息をついた。

 

【第3類医薬品】パープルショット 30mL

【第3類医薬品】パープルショット 30mL

  • 発売日: 1999/01/01
  • メディア: ヘルスケア&ケア用品
 

料理をするようになって初めて作るレシピが100種類をこえました。

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料理をやりはじめて以来約2年、初めて作るレシピを撮っては記録しておいたのですが、このたびその数が100種類に到達しました。

そうやって料理することを続けてみると、作ることだけじゃなく食べることも、料理を始める前よりもはるかに好きになっていることに気づきます。特に人に作ってもらう料理のありがたさと美味さね。ここの意識は格別に変わった。外食なんかしても自分で作らない(作れない)ような手の込んだ料理を食べると、もちろん美味しいというだけじゃなく、どんな材料使っているんだろう?とかどうやって調理してるんだろう?という楽しさまで追加されて本当にスゴい。

いろんなジャンルの料理を作ることで調理方法の視野がひろがったり、逆に調理や行程などの共通項に気づけたり、手際や味付けのバランス・勘所などもゆっくりですがある程度良くなってきたと思います。

さすがに継続してみると献立なり作るものが全く浮かんでこなくて悶々とする時もあったりするけれど、いざ作ってしまえばのんきなもので、自分で作った料理を自分で美味い美味いとバクバク食べて(食べ過ぎて)しまうし、作った相手に美味しそうに食べてもらえると本当に嬉しい。

いまだレシピ無しにはなかなか料理できないですが、いつかレシピを見なくてもなんとなく思ったところに着地できるを目指して引き続き精進します。

 

#初めて作った一品

 

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続・ハンバーグを作る。

料理にハマり、遂には中華鍋をプレゼントしてもらったことや次は鉄フライパンを狙っていることを母に話すと、実家にもどこかに中華鍋があることや妹に鉄フライパンをプレゼントしたが(小さい子どもの世話で手一杯で)ケアに時間をさけずなかなかうまく使えなく眠っていることを教えてくれ、結果その鉄フライパンを貸してもらえることになった。どのメーカーのものか?を訊いたが覚えておらず(ちなみに自分で狙っていたのは山田工業所)、蓋を開けてみたらなんとリバーライトの3.2mm厚の28cmというサイズとしては希望にピッタリのものだった。

リバーライト 鉄 厚板フライパン 極 ジャパン 28cm IH対応 日本製

リバーライト 鉄 厚板フライパン 極 ジャパン 28cm IH対応 日本製

  • 発売日: 2017/02/10
  • メディア: ホーム&キッチン
 

受け取った鉄フライパンはパッと見では普通に使い込んでいるものに見えたが、いざ洗ってみると確かに細かなコゲや落としきれなかった油が層になったような状態でブラシで軽く洗っただけでは取れず(新品の状態を知らないのでそれが一見使い込んだそれほど悪くない状態に見えた)、たまたまあったスポンジ状のヤスリでふと擦ってみるとその層の部分が削れたので、もしかしてなにかのコーティングを削り落としてしまったのか!?の焦って作業を止め、ネットで鉄フライパンのメンテナンスを調べた。

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幸いなことに鉄フライパンもKING無水鍋のようにリセットができることを知ったので思い切ってリセットしてみることにした。
しっかり空焼きしたフライパンに水を流し、たわしで擦っていく。これもあとから知ったのだが、熱々の鉄フライパンに水をかけるのはものによっては変形の恐れがあるので、出来れば冷めたフライパンに水を入れ、それを沸かした方が良い。とにかく、それすら知らずに鉄フライパンの油の層を擦り落としていく。たわしでもどうにもならない部分を今度はスポンジヤスリ(100番)で擦る。

SK11 スポンジサンダーブロック #100

SK11 スポンジサンダーブロック #100

  • メディア: Tools & Hardware
 

スポンジヤスリがすぐに油まみれになるので、その都度スポンジの方もお湯で洗う。ある程度汚れが落ちてきたら、また空焼きした後、オイルを流し込む。この過程を強火オンリーでやっていたので、鍋肌に残っていた汚れのせいもあり、すぐにコゲが再発する。再び擦りにはいる。合間合間でネットで情報収集(事前にやるべき!)し、鉄フライパンは中華鍋とは違って中火〜弱火で使用するものだということを学ぶ。その頃には汚れも磨き落とせてきて、火加減も分かったおかげで良い感じに油ならしもできてくる。磨き終わった鉄フライパンはまさに鉄板焼きとかの鉄板のようで、そりゃどっちも鉄なんだから当たり前か、というようなことに今更ながらにたどり着く。このあたりでようやく鉄フライパンの使い方のイメージが落ち着いてくる。なるほど、ステーキや餃子、お好み焼きを焼くのに最適なわけだ。(逆にいうと、そんなこともピンとこなかったくらいの初心者であり無知な状態でした)
試しにキレイになった鉄フライパンで卵(目玉焼き)を焼いてみた。中火で空焼きしたフライパンを弱火にしてオイルを流し込み、ならしたところで卵を割り入れる。白身の弾け方があまりみたことのない反応だ。白身に熱が通って、あとは黄身だなというあたりで恐る恐るフライパンをゆすってみたが目玉焼きは動かず、もしかしてくっついているのかもなと思いつつ蒸し焼きをし、黄身もほどよく火が通ったあたりでフライ返しを入れてみると、目玉焼きの底に差し入れたと同時に目玉焼きが滑っていった。クララが立ったくらいの衝撃。感動のあまりフライパンの上をなんども滑らせる。テフロン上での滑りとは明らかに違う。テフロン上が「さら〜」っという感じだとすると、鉄フライパンは「ツ〜〜〜」ですよ。スッゴい。

感動もそこそこに再び洗う。目玉焼きを焼いたあとの油と汚れみたいなものは、お湯をいれて軽く沸かすとほとんどが浮かび上がった。残りもたわしで擦ればほぼ落ちた。なるほど、基本のメンテはこれなんだな、と心に留める。

https://www.instagram.com/p/B7Yi2hjgEQN/

鉄フライパンの記念すべき第一回調理はステーキ、ハンバーグ、餃子を候補にあげ、ひき肉が安かったのでハンバーグに決定。ハンバーグは前回初めて作ったのでこれで2回目、しかも初の鉄フライパン。それも踏まえて前回と同じレシピで比較しようかとも思ったが、直前で読んだFOODIEのレシピで行くことにする。

【シェフ直伝】基本のハンバーグレシピ、プロのワザで肉汁ジュワ〜! | 三越伊勢丹の食メディア | FOODIE(フーディー)

タネをつくり、付け合わせや炊飯を同時に着地させるべく準備も揃ったところで焼きにはいる。

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中火で空焼き弱火で油ならし再度中火にあげ恐る恐る鉄フライパンにタネをのせる。ジュワッという音色は上々。ここから3分、ノータッチで焼きをいれる。そこそこ厚めのタネだが、考えてみればステーキを焼く時の感覚に近いはずと思い、上手くいくならその3分で底面から1/3くらいに火が通って色が変わるはずと観察。3分経つころには見事に1/3くらいに火が通って色が変わっている。

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フライ返しでひっくりかえすも樹脂製のフライ返しには重すぎるハンバーグでひっくり返すまで何度かバランスを崩す。鉄のターナーの必要性に目覚める(aka 物欲)。ひっくり返してからまたノータッチで3分、外側だけ見るに十分火が通った色になる。焦る気持ちを抑えながら、ここで火を弱め蓋をして蒸し焼きで5分待つ。ドキドキする。5分経ったら火を消し、蓋を開けずそのままさらに5分蒸らす。終わったら蓋をあけ、一番厚みのあるハンバーグに串を刺し染み出る肉汁に注目する。もし赤ければ再び火をつけて軽く熱を通さねばならない。しかし出てきた肉汁は透明だった。やった!
焼き上がったハンバーグを皿にのせ、鉄フライパンに残った油や肉汁に赤ワイン、ケチャップ、ソースに醤油と粒マスタードを混ぜて煮詰めてソースを作る。その頃には炊き終わった米も蒸らし終わる。付け合わせの野菜も皿にのり、最後にハンバーグにソースをかける。遂に鉄フライパンで作るハンバーグが出来上がった。

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皿の上でナイフをいれたハンバーグの断面はちょうど良く火が通っていた。肉汁も(たっぷりとまではいかないが)流れ出てきた。フォークでハンバーグを押してみるとさらに肉汁が染み出した。炊き立ての米、蒸したニンジンとブロッコリーとともにハンバーグを貪り食べた。食べ過ぎた。2回目の、初めて鉄フライパンで焼いたハンバーグも本当に美味しかった。

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食べ終わったあとで鉄フライパンを洗った。ソースの残りをお湯とブラシで軽く流してからお湯をため火にかけて軽く沸騰させて、たわしで擦る。これだけですっかりきれいになった。締めは空焼きだ。今回は頻繁に使う前提なので油は塗らなかった。また新たな扉を開いてしまった。嬉しくて即効でカルカヤタワシを注文した。

私はこれを多少の実益を伴った趣味としてやっているので、ああだこうだ手間隙をそこに裂くことをいとわずそこも楽しめるのだが、手の離せない小さな子どものケアをしながらこれが出来るか?と言われればちょっと厳しいかもしれない。鉄フライパンを手に入れていたということはきっと同じように美味いハンバーグを作りたいとかそういう気持ちがあったんだろうと思う。いつかこのフライパンを妹に返す時にはきっとこういうことに時間をさける余裕が出てきたころだろうし、その頃にはフライパンがうまく育っていてケアも含めたコツみたいなことを見つけてそれ込みでキレイな鉄フライパンとして引き渡してあげられたらいいなと思っている。

ハンバーグを作る。

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初めて作ったハンバーグが初めてのわりにうまくいった。単なるイチ夕食のメニューだが、あまりに嬉しかったので撮っておいた写真を自分で何度も眺めている。

ハンバーグを作るのは難しいことだと思っていた。ある程度以上の腕を持っている人じゃないとうまくいかないという先入観があった。空気を抜くとか中まで火を通すとか。ハンバーグはそういう困難を伴わなければ到達できないデリケートな料理というイメージがあった。

誕生日に何を食べたい?と訊かれてハンバーグを作ってほしい、と答えた。食事の対象はもちろん外食も含まれていたのだが、シンプルで美味いハンバーグを食べたいと思い、お願いした。イメージしていたのはさわやかとかそういう無骨ないわゆる肉々しいハンバーグで、料理の上手いパートナーはそのあたりも想像したうえでストライクで最高なハンバーグを作ってくれた。けっして手作り至上主義というわけではないが、ただ単にその時思いつく可能な限り美味しいものを食べたい、という発想が我々の共通項だ。それが吉野家の紅生姜をたっぷりとのせた牛丼の時もあれば、多少遠出して並んでも食べたいカレーの時もあり、手作りのタフなハンバーグの時もある。ただ、その選択とそれに伴う(必要があれば)労力の放棄をしたくはないと思っている。その結果、美味しいごはんを食べられた時には全ての語彙は死んで食べ終わるまでただひたすら美味しいと脳内で反芻しながら幸せな時間を過ごすことができる。そのことを思い出してしばらくご機嫌でいられる。我ながら能天気だ。

もともとはそんなタイプではなかった。毎日昼時には近くのコンビニで毎回全然飽きずに同じ弁当を食べていた。そういうことに余計な労力を使いたくなかったんだろうし、ある程度好みの味をしてくれていればあとはスムーズに腹を満たせば何の不満もなかった。当然、料理することになんて興味もなにも価値を見出していなかったし、その手間と時間を他のことに使う方が圧倒的に良いと思っていた。当時のフェイバリットは炭水化物爆弾みたいなチョイスで、ネギトロ巻きと焼きそばとか、とろろ蕎麦に納豆巻きにコロッケとかだった。いつもそういうものばかり好んで食べ続けていた。

それがいつからか変わって、どうせ食べる一食なら、そのとき選びうる可能な限り美味いものを食べたいと思うようになり、そう行動するようになった。その日の昼になにを食べたいかを朝に考えていたり、同じものを続けて食べなくなったり、ある程度のリサーチをしたり、必要があれば多少時間をかけたり、そういったそれまでしなかったことをするようになった。自分のことを良い舌を持っているともグルメだとも思わないが、食事をむげに扱っている自分に嫌気が差した、というのがおそらくもっとも近い感覚だろうと思う。そのせいで自分は気づかずにいろんなことを見逃していたのではないか、と感じたし、それはもったいないことだと思った。ポイントは自分でそう感じたからやり方を変えた、という部分で、過去に遡って「変えるべきだ!」なんていう気はない。その時にはそこに価値があったはずでそれはそれでいい。それが変わったら変わったでいいし、変わらなかったとしてもそれでいいと思っている。今、自分はたまたまそんな遍歴を重ねた。それ以上でも以下でもない。

自分の作ったハンバーグの写真をうっとり眺めながらそんなことをつらつらと考えた。ハンバーグをつくるということは遥か彼方にある、少なくともこちら側ではない出来事だと確かに思っていた。その謎の境界線を越えた“こちら側”にいざ立ってみると見える景色の趣きはかなり違う。いまや、次にハンバーグを作る時の使う肉の割合とか、つなぎにどういう材料をチョイスをするか、ソースをどんな方向に変えるか変えないか、付け合わせをどうするかを妄想している。おそらくはかつて高いハードルの要素となっていた事柄たちであるが、近くで見ると愛おしい構成要素だ。なにが起きるかわからないものだ、とつくづく思う。
作ってもらった美味いハンバーグに少しでも近いものを作れるようになって逆に振る舞ってみたい、そういうところに手が届きそうな場所にいる。そういう楽しみを知ってしまった。